レビュー

“ボクと彼と彼女”の完璧無比な聖三角形

北川 れい子(映画評論家)

 聖三角形の奇跡「花蓮の夏」。

 青春、そして夏という季節が生んだ、ボクと彼と彼女の聖なる三角関係。

 主人公3人がつなぎ合うそれぞれの手には、片方に愛、もう一方の手には親愛な友情がこめられていて、もし誰かひとりでも片手を離したりすれば、各々のバランスが崩れ、とんでもない方向に倒れかねない。

 でも彼らの今は、彼らの夏は、完璧にバランスがとれている聖三角形。季節が過ぎて、いずれ誰かが両手を離して立ち去ることになっても、聖三角形の記憶は永遠に消えないに違いない。

 片手に愛。片手に友情。

 純粋で美しく、しかもどこか悩ましい台湾映画「花蓮の夏」の3人トリオ。

ところで台湾映画といえば、1980年代の中盤から90年代にかけて、「非情城市」(89年)他の作品で知られるホウ・シャオシェン(候孝賢)や、「枯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件」(91年)他でのエドワード・ヤン(楊徳昌<先般死去>)など、いわゆる台湾ニュー・ウェーブ派の活躍で国際的にも注目を集めていたものだが、近年は鳴かず飛ばず、台湾映画どうしちゃったのよ、と歯痒い思いをしていたのだった。

 そんな時に「花蓮の夏」である。もうホント、抱きしめたくなるほど美しい青春映画である。しかもまっすぐで世間の価値観などの夾雑物が全くない。

 映画は、海岸沿いに建つ、緑の校庭も鮮やかな小学校で、性格のまったく異なる2人の少年が、コンビを組まされるところから始まる。優等生のジェンシンと、勉強が苦手のいたずらっ子ショウヘン。

 落ち着きのないショウヘンの処置に困った教師や母親が、その世話を優等生に丸投げするわけだが、それを知ってか知らずか、ショウヘンは屈託なくジェンシンに懐く。

 テストの結果が80点以下という生徒のおデコに、教師が容赦なくマジックペンでその数字を大書きするシーンがあるが、いつもは成績の良いジェンシンが、その日は何故か73点、と27点で先生に叱られたショウヘンが、2人で100点だね、と喜ぶエピソードなど、このあとに続く2人の関係の伏線としても実に巧妙だと思う。

 そう、2人で100点。2人で満点。

 当然、この頃はまだ2人の関係は対等とはいえず、賢兄と愚弟ふうな、少なくとも優等生には優位に立っている意識があった。

 そして2人は同じ高校に進み、かつての愚弟は勉強はともかくバスケット部の花形選手になっているのだが、でも学校の往き帰りは相変わらず一緒で、ショウヘンがバスケの練習をする時は、優等生はじっとそれを見守っていて、一緒に帰る。

 この辺り、2人の友情の力関係はすでに対等になっていて、いやショウヘンは少年時代と同じように屈託なくジェンシンに懐いているのだが、ジェンシンの方の意識は微妙に変化しはじめていた。自分でも気付かないうちに。

 そんな時、ちょっと突っ張った女の子ホイジャが転校してきたことから、ジェンシンは自分がショウヘンに友情以上の愛を抱いていることを知るのだが、ホイジャを軸にした愛と友情のすれ違いに、大人や世間を一切介入させず、彼らならでは思いと純粋さで、聖なる三角関係を築いていく展開は、そこに至る危なっかしいエピソードの数々といい、実に説得力がある。自分に正直、自分に素直。でもそれが簡単ではなくて。

 ホイジャに誘われたジェンシンが学校をサボって街で遊び、ラブホテルに行って自分の真実を知るくだり。ショウヘンの家に泊ったジェンシンが、ふと目覚め、隣りで寝ているショウヘンを切なく見つめるくだり。

 むろん、ジェンシンの思いを知ったショウヘンが、文字通り2人で100点満点になるシーンも、密やかで危っかしい。

 ともあれ、同性とか異性とかの関係を超えた、分かりあえる仲間として、片手に愛、片手に友情で結ばれた3人は、奇跡のように美しく、祝福せずにはいられない。

 それにしても演じる3人の若い俳優たちの、それぞれにしなやかで清楚な演技に感動する。

 私の好みは、一見ラフで、実は繊細なショウヘン役のジョセフ・チャンだが、もちろんジェンシン役のブライアン・チャンの、男の子に恋した男の子の演技も完璧だと思う。

 ホイジャ役、ケイト・ヤンの、偏見を持たない女の子の自由さも魅力的。

 こんなに自然で幸福感と充実感のある青春映画を完成させた、レスト・チェン監督、及びそのクルーに拍手を送りたい。

 「花蓮の夏」の描く、ボクと彼と彼女の聖三角形は、不滅の輝きがある。


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